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第2回
微生物に関わる者として Part1
科学の歴史は新事実の発見・仮説の検証の積み重ねであって、根底において現代においてもそれにかわりはないと思います。 現代科学、技術の発展も全く新しい事実の発見はもちろん、過去の実績の改善改良、これまで不可能とされていたものを可能にする。 それらが様々な場所で複雑に絡み合って成長しています。 それによって、これまでの常識が非常識になる、またはその逆の事象も多いにあり得ることです。

私は入社以来18年、現在も食品関係の微生物に携わっていますが、パスツールの殺菌法の確立という学問的な歴史から比べればはるかに短いこの期間ですら、知識として持っていた常識をくつがえされた事が何度かありました。 今では業界での認知度も高い「高温性好酸性有芽胞細菌」(TAB:Thermophilic Acidophilic Bacilli)が食品業界で話題に上り始めたのは1986年前後からで、まさに私が社会に飛び込んだ頃です。

食品衛生法においてpH4.0未満の密封食品の加熱殺菌条件は65℃×10分相当以上と定義されています。 食品自体の耐熱性にも依りますが、一般的には安全率を見込んで70℃前後で10~20分と言う殺菌が主流です。 これは密封加熱済み食品の殺菌の考え方が「商業的無菌性」の確保であるためです。 目標とする食品を悪変させる微生物が居なければ良い、食品を悪変させないような微生物は多少存在しても構わない、という考え方です。 それら目標とする食品を悪変させないような微生物がどのくらいまでなら居ても良いのか、と言う基準も実際にはありません(衛生管理面から見て少ないに越したことはないのですが)。

もう少し具体的に述べると、過去の様々な研究成果・実績から、pH4.0未満で発育できる微生物は 「カビ、酵母、および乳酸菌等の一部の細菌」 に限られており、これらの微生物はいずれも総じて耐熱性が低い(60℃~70℃で十分に死滅させられる)。 100℃以上の耐熱性を持つ細菌の胞子(芽胞)はそのほとんどがpH4.0未満という環境が自分の発育可能な領域を下回るため生育はできません。 仮にこのpH4.0未満の食品にこれらの芽胞が混在していたとしても、カビ、酵母、乳酸菌の類さえ殺しておけば、この食品が微生物で変敗する可能性はほとんどない、といって良いと言うことになります。

一方、芽胞が発育できるpH中性域の食品では、100℃以上のレトルト殺菌を行わなければ商品として成立しません。 食品衛生法では食中毒菌で芽胞を形成するボツリヌス菌が発育し、毒素を産生することが可能な食品(pH4.6以上で水分活性が0.94を越えるもの)については120℃×4分相当以上の殺菌を義務づけています。

ここに現れたのがTABです。 「酸性飲料の異臭」事故が私共の発見経緯でした。 異臭成分の分析結果では物理的に起こる反応とは考えられず、酵素的な要素がある。 どうやら微生物らしい。 しかし、必要な加熱殺菌は行われており、殺菌不良と言う形跡は認められない。 最終的に異臭品からカビや酵母ではなく細菌が分離され、この細菌が芽胞を形成すること、酸性領域のみで発育し中性領域では発育しないことなど、これまでの常識では考えられなかった事実が目の前で実際に起こりました。 これらTABは原料由来であることがわかり、これを十分に殺菌するには最低でも90~95℃で10分程度の殺菌が必要で、この条件では酸性食品が熱そのもので劣化してしまう事が懸念材料でした。

ひもといてみると、酸性域でしか発育せず、芽胞を持つ細菌の存在自体は既に認められてはいたのですが、それらは酸性の温泉のお湯そのものや周辺土壌から分離されるものでしかなく、食品原料に混入してくるようなものではない、という認識があったようです。 加熱殺菌が成り立たない、と言うことは缶詰をはじめとする密封食品にとって、それこそ根底を覆す新事実であり、業界でも物議をかもしました。 当時は輸入原料が飛躍的に増加した頃でもあり、ひとまずの対策はTABに汚染されているような原料を使用しない、という方向であったと記憶しています。 それ以降、国内はもちろん世界的にもTABによる食品原料の汚染、という事実が認識されるにいたって、多くの関係者の努力により、微生物としての学術的性状が徐々に明らかとなり、現在では食品製造上の対処方法もほぼ確立されています。

私が入社した時は、研究所の先輩が、自ら、国内では最初と思われる早い時期にTABを分離し、様々な調査研究をしているところでした。 その後、私自身も事故品の調査においてTAB分離を数回経験し、性状調査や対策に向けての実験を行っておりました。 当時、PCRによる遺伝子配列での微生物の同定(技術・装置)が今ほど普及していなかったため、大学にお願いした、といった事が思い出されます。 TABの認知度が増すにつれ、食品としての事故そのものは減少していると考えられ、実際にこの10年ばかり私自身はTABの事故例に遭遇していません。 しかし、文献や業界誌の情報を見る限り、原料からの分離例等は未だに散見されているようです。

私にとってTABとの関わりは未知の領域への挑戦で、情報や過去の実績が少なく、不安との闘いでもあり、その一方でどんな些細な事でも全く新たな事実の判明であるという喜びでもありました。 今まで全く認識していなかった新事実、成立した何らかの事実に付随して発生する新たな問題、これらに挑戦できる(しなければならい)立場に居る時、それを活かすか否かは自分の心の持ち方次第です。

私が関わる「微生物」という世界にしても、土壌や海水をはじめとする環境中で、今現在我々が目に見える形で培養できるもの(調査・研究・利用・制御できるもの)は微生物全体の1~2%に過ぎない、とも言われています。 未知の世界に挑戦するネタがまだまだとてつもない量で存在しているであろう事も紛れもない事実と言えます。
 
(2006年7月) 
 
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